前略、沼の中より

行き着く先がいつもだいたいアラサーな20代女が書き散らかすブログ

「隣の家族は青く見える」主題歌Mr.Children"Here Comes My Love"歌詞の超個人的な考察

 

本日は水曜日です。

本日さえ乗り切れば木曜日がやってくる。それだけのモチベーションで今日をギリギリで生きました。リアルにリアルフェイス。

そういえば月曜日はアマゾンのサイバーマンデーがあったり、火曜日は私の行きつけ田舎の救世主ことイオンシネマでドコモチューズデーとかいうものがあり、水曜日は何かしらのレディースデー、金曜日はソフトバンクのスーパーフライデー、経産省によるプレミアムフライデーブラックフライデーとか巷では言われてたりしますけど木曜日って全然スポットライト当たってないな。なんかもう金曜日ばっかりチヤホヤしてないで木曜日にもガンガンにカチコんでほしいわ。だってとなかぞ放送日じゃなかったら一番辛いだけの日じゃない???

 

誰に向けるでもなく無駄に木曜日の扱いに対する不満をこぼしてしまいましたが、今日は朔と渉の視点に重ね合わせながらとなかぞ主題歌「Here Comes My Love」の歌詞の考察やりまーーす。

いや…だって……桜井さんが「この物語の登場人物達の、また、その物語に自分を重ね共感するであろう皆さんの背中を押すことができるように、この曲に心を込めて制作しました」って言うからさ……オッケー!その心勝手に受け取ったよ!重ねる重ねる!サンキューミスター和寿桜井!つって。哀しき妄想考察オバケは歌詞だろうと単語だろうと、妄想して考察できるものなら何でもします。ああ、この人はそういう病気なんだな、ふーん世の中にはいろんなオバケがいるものなんだな、と思って適当に、可能であれば慈悲の気持ちを持ちつつ、うっすらと見ていただけると私の気が楽です。よろしくどうぞ。

そもそも私はミスチルの知識が平均よりもだいぶ無い状況です。記憶ではオレンジデイズでsign、14歳の母でしるしを聞き、何かの拍子に彩を聞いてCDを借りた。あの当時、エンタメ的な田舎の救世主はゲオですよ。もう今やSpotifyNetflix、そしてパネエAmazonプライムの存在で行かなくなっちゃったゲオ。でも近所のゲオは淘汰されずに現存している。変わりゆく時代を超えつつ、今日も誰かの救世主になっていると思うと胸が熱くなりますよね。ただ熱くなるだけですけど。

と言うわけで、ミスチルの歌詞の傾向とかよく分からないままに妄想して考察します。なんかでもその方が色んな意味でフラットでいいかなって。ハイハイ出ましたミスチルはこの言い回し割と多め卍とても刺さる卍とかではなくて、ただ純粋にドラマに沿って考えていきますので、再度よろしくお願いします。ウェーイ

 

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まずタイトルはHere Comes My  Love。英検二級が素直に訳すと、私の愛がここにやってくる。英検二級の限界。My  Loveにはたくさん意味があって、男性から女性に向かっての恋人だったり夫婦間での呼びかけに使われたりする。でもまぁここでは私の愛っていう訳が最適っぽいですよね。なんとなく。このHereは、それぞれの夫婦の間を指すと思う。それぞれの夫婦の間に愛がくる。例えば、主人公夫婦の奈々と大器の間に子供ができることに繋がりそうです。朔と渉だったら、そのやって来る愛は養子なのかもしれない。だとしたら革新的だなぁ。

初めて歌詞を読んで、これは視点が同一ではなくてフレーズごとに入れ替わっていってると思いました。

 

最初の「破り捨てようかな  いや初めから  無かったものって思おうかな  拾い集めた淡い希望も  一度ゴミ箱に捨て」は渉とバーで初めて出会った時の朔の心情ときれいに重なるなーと思うんですよね。結婚した元カレのことを吹っ切ろうとする気持ち。あんなやつ、初めから無かったものだと思おうか。一緒に過ごしていた時間で拾い集めてきた将来の淡い希望は、もう必要なくなってしまったから一度ゴミ箱に捨てようって話かなって。

次の「飲み込んでおくれ  巨大な鯨のように  僕は彷徨うピノキオの気分だ  何かが僕を変えるはずだって  夢見て暮らしている」は渉の気持ちに重なります。自分はゲイだと隠しながら周りに嘘をついて生きていること。そして、いつかそんな自分を変えてくれるような出会いがあるんじゃないかと密かに夢を見ている。

ここまででお互いに出会う前の二人の気持ちとすごく重なっていて、序盤からえげつないなと我ながら…いや私は別に作詞してなかったわ。

輝く光じゃなくっても  消えることのない心の明かりは  いつも君を照らしてる  祈るように  叫ぶように  この想いがはぐれないように」は、どちらの気持ちにも重なる部分があるんですよね。でも何となく朔が渉を照らしている方がイメージしやすいかも。そしてこの想いが渉からはぐれてしまわないように、朔なりに必死になっている部分があるような気もします。アパート引き払って押し掛けたり、事務所で待ち伏せしたりして。まぁそれが正解かどうかは分かんないですけど。

夢見た未来を波がさらっていっても  この海原を僕は泳いで行こう  Here comes my  love Here comes my  love  君にたどり着けるように」は、視点を当てはめるのが難しいな〜〜と思うけど、朔の気持ちの方が近いような。夢見た未来が阻まれても、例えこれから色んなことが起こっても、自分はちゃんと渉のところに辿り着く、という強い決意。私はこれがしっくりきちゃった派。

灯台の明かりが  夜の海の向こう  強く優しく光を放つ  今の僕は君を正しく導いているかな?  答えはきっとグレーだ」は渉の視点。自分は朔とこのままの関係を続けていいのかどうかという迷い……第1話で、朔に一緒に住めないっていうなら「別れよう、今ここで」と迫られて、渉は朔との別れは選びませんでした。私その時の渉のセリフがなかったのがすごく気になっていて、何も言えずに視線を落とすのはほんの少しでも葛藤したからなのかな。もしかしたら渉は朔との関係にちょっと限界を感じていたような気もしてくる。なんかまぁとにかくすごく意味があるように感じています。これ、中谷まゆみ先生の思うツボかな。

答えはきっとグレーだ、のグレーの意味は、このままずっと朔と一緒にいても何も進展や発展していくことがないかもしれないを黒、渉は朔を愛していること、朔も渉を愛していることは白。それが混ざり合う感じかな。きっと綺麗には言い切れない複雑な気持ちがグレーっていう言葉に集約されていて、如何様にも考察し甲斐のある言葉。急にワクワクしてきた。

描いて消すを繰り返した夢の地図を  風が引き裂いても  祈るように  叫ぶように  また流れに飛び込んでみるんだ」は、やっぱり朔の視点なんじゃないかなーと思うのよね。私の中でのイメージですが、朔の中には何か捨て身っぽい?ようなマインドがありそう。自分を大事にしていないっていうとアレだけど、結構どこへでも身一つで飛び込んで行ける感じ……勇気ともまた違った、ちょっとネガティブなニュアンスを含むような感じの。もし二人が誰かに引き裂かれるようなことがあっても、朔の方からは渉を離さないんじゃないかという。もし形として離れることがあっても、渉に会いに流れに飛び込んでいきそうな感じ?若さです。

見上げた空には雨雲があるけど  その海原を誰もが泳いでいるよ  希望を胸に吸い込んだら  また愛する人の待つ場所へ」は、二人の会話というか朔が渉に語りかけるような感じもしました。確かに自分たちは前途多難なのかもしれないけど、困難の種類や大きさに差はあってもこれから先が不安なのは自分たちだけじゃない。だから今の自分たちを悲観する必要はなくて、希望を持って乗り越えていける。愛する人と共にあるために。っていう。なんか自分でもだいぶ壮大かつポエミーだなって思いますけど、心の根底にある気持ちってこんな感じじゃないかな〜〜。

あって当然だと思ってたことも  実は奇跡で  数えきれない偶然が重なって  今の君と僕がいる」は、渉に重ねたい。個人的な希望で。1年間朔といい関係を築いてきたことで、やはり慢心が生まれるといいますか。慢心…なんか違う気もするけど、人間は誰でも慣れてしまうと忘れちゃうじゃないですか。本当はすごく大切なことなのに、ただ何気ないことになっていってしまう。失ってから気づく大切さだとかよく言いますけど、こうして大切なものを失う前に今の当然が奇跡の積み重ねなんだと気づかなきゃいけない。はあ、ミスチルって深いね。朔とバーで初めてあった時からずっと数え切れない偶然が重なって、今の二人があるわけです。

繋いでたその手が離れてしまっても  見失わぬように君のそばにいよう  希望を胸に吸い込んだら  また君と泳いで行こう  Here comes my love Here comes my love」は、引き続き渉の視点。見失わぬように君のそばにいようとか、また君と泳いで行こうとか、なんか渉がだんだん積極的に前に進むことが出来るようになる様子だったらいいなあと思う。こういうことが愛の奇跡っていう感じがします。怖くても君と泳いで行こうって思えるのめちゃくちゃいいよね。

そして最後のフレーズ「いつかきっと 僕ら辿り着けるよね」どこに辿り着くとかそういう考察はもうどうでもいい。二人の辿り着く場所が二人の愛であり、それが幸せである。そういうこと。

 

なんか急に最後考察するのがどうでもよくなりましたけど、改めて因数分解したらいい歌詞だなあと思います。私は考察する余白があるものの方が作品としてのめり込みやすい=良い作品だと思っているので、さすがミスチルパイセンは違うな!!パネエパネエとは聞いてたけどモノホンのパネエだったな!!と思いました。なんかさ〜〜こういう抽象的で深いけど共感を生むものを人生1回くらい生み出せたらめっちゃいいよね〜〜クリエイティブな人生〜〜

 

以上、となかぞ主題歌の妄想考察でした。長々ととっ散らかりまして大変失礼いたしました。ミスチルはパネエ。