前略、沼の中より

行き着く先はいつもアイドル(だいたいアラサー)な女が書き散らかすブログ

移りゆくアイドルを見つめて

どうもお久しぶりでございます。まあまあ元気にやってます。元気が一番。

いやはや、ついに何のオタクでもなくなったなーと思う今日この頃。

もうジャニオタでもなければKぽオタでもなく、LDHオタでもないし、というかそもそもドルオタとも言えないよね。いつの間にか私の心の沼は干上がってしまったんでしょうか………あ、でもハイローは観ます。ハイローは最高だから。

 

 

私は今までドルオタとして心を燃やして、まあまあの情熱を傾けてきたんですけど、最近は本当にアイドルっていう存在自体がよく分からない時代になりました。

ひとまずここで原点に立ち返ってアイドルって一体どういう存在なのか、というかアイドルをどういう存在として捉えていくべきなのかをドルオタから少々離れた場所から考えてみたんですよ。暇だったので。

 

まず私自身がアイドルのことをどう思っていたのかって言えば、メガネみたいな存在であります。その心は、アイドルがいたから色んな世界を見てこれたと思うわけですよ。アイドルを通して色んなものを見て吸収してきました。

例えば帝国劇場のステンドグラスの美しさとか、青山劇場の舞台装置のすごさとか、日生劇場の緻密に作られた壁面とか、開演する時の一瞬雰囲気が張りつめる感覚。高揚感。それはもう刺激的で、日常とは隔絶された世界にいる自分にわくわくする。そこから建築に興味が出て、大学や図書館でまあまあ勉強しました。まあまあ。

あとはうちわを作るのにも目立つ配色を勉強したり、遠くから見て認識できる文字の大きさ、フォント、並びも考えたりするじゃないですか。色彩学とかタイポグラフィー、グラフィックデザインを勉強するときに役に立ったものです。

身近なところでは出口を計算した効率の良い電車の乗り継ぎとか、お得な回数券を活用するとか、有楽町・銀座にあるファミレスや電源のあるカフェの場所、メモを取るときに使いやすいペンとメモ帳を見出したり、性能のいい双眼鏡を研究したり。現場に行くときは何となくいつもより化粧を華やかにしようと思って色んなものを買って試してみたりする。どんどん興味が広がって、勉強したいことがどんどん増えました。それが身についたかどうかはさておき。

何と言っても一番大きかったのは、インターネット。これはデカい。SNSを駆使して情報を収集し、整理しながら取捨選択していくことを日常的に行っている。オタクって実は高度なことをやってるもんだなと……突然の自画自賛……。

このようにしてアイドルが無ければ出会えなかった人、世界がいっぱいあります。だから私は、自分が毎日かけているメガネのように、好きなアイドルに対して愛着を抱いて応援してきました。

 

では、そんな愛着のあるアイドルにどういう存在であってほしいのか。

やっぱり自分の予想を良い意味で裏切っていって、どんどん新しい発見ができるような存在であってほしい。そして応援している人を落胆させるようなことはせず、筋の通ったアイドルでいてほしい。あとできれば、誰よりも自分が楽しんでいてほしくて、あとはとにかく顔がかわいくて、それからそれから。

……このように、応援していくにつれて、ファンはアイドルに何かを求めたり押し付けるようになっていってしまいます。こればかりはしょうがないことです。「もっとこうしたら上手くいくのに」「なんでこんなことを言うんだ」とか、どうしたってファンはアイドルに自分の理想を重ねたくなっていって、そこからはみ出るとがっかりしたり腹が立ったりする。難しいですね。難しいんですよ。結局、アイドルとは言えど人間と人間同士のことだから……どうしようもないんですよ……こういうのは……歪みが生じますから……。

 

そんな中、私が顕著に感じているのがアイドル自身の「アイドルとしての認識やスタンス」が時代と共に変わっていっているということです。

アイドルはアイドルが享受できるだけの幸せだけじゃなくて、普通の人間としての幸せや楽しさ、快楽を求めるようになっている。例えば恋をして結婚をして家庭を築くこと、浮気、不倫、その他文春砲にガツンと打ち抜かれるようなこととかね。

では、アイドルがそれらを貪欲に求めることが間違いなのかと言えば、そうではありません。だって人間だもの。みつをも言ってるし。しかし、多くのファンはそれらを許容していないのがリアルだなと思います。日々何かに押さえつけられて色々なものをストイックに耐え忍び、ステージで輝くアイドルこそが王道だって思っている。アイドルの処女・童貞神話的なものもまだ結局は根強いんですよね。はたまたそれが間違いなのかと言えば、そういう事でもない。だってそれは自由だもん。現実と理想を履き違えたり混同するのはまずいけど、基本的には人それぞれです。

一方で、アイドルがアイドルを人生とする時代が終わるのは薄々感じていました。アイドルはあくまで「職業」であって「人生」ではない。9時5時とはいかずとんだブラック企業ではあるけど、仕事が終わればアイドルは「退勤」する。仕事の時間にちゃんと仕事していれば問題ないよね?っていう感じがあると強く思います。アイドルだってワークライフバランスを求めている。

どうしてもそこにファンとのズレが生まれてしまう場合が多い。私生活も模範的アイドルとして生きていってほしいというファンと、職業に縛られ続けるなんて嫌だというアイドル。最近はそんなアイドルたちのスキャンダルを面白がるファンもスキャンダルを武器にするアイドルも存在しますが、私はその辺の柔軟性に欠ける系なのでちょっと分かんない系。面白ければオールオッケーって感じ?それならちょっと分かるわ。

こんな感じでアイドルが多様化しつづけるのは面白いけど、なぜかそこからあんまり発展していってるような感じがありません。もうアイドルというものがこの世に出し尽くし、使い古されてしまったんでしょうか。絶対的だったジャニーズの力も徐々に弱まりはじめ、かといって他のアイドルたちが台頭しているという印象もないような。私がもうドルオタじゃないからかな???

 

アイドルはファンのすべての期待に応えなければいけないのか。そしてファンはアイドルのすべてを受け入れなければいけないのか。これといった答えは出ませんでした。だって人それぞれだから。何かを一つの定義にガチガチに当てめなければならないなんて、それはもうバカバカしいことです。

しかし今はアイドルにとっても、ドルオタにとっても、なかなか厳しい時代になってしまったように感じます。ひどいね。あらゆるねじれがひどいし、心はつらい。でもハイローは最高だよ。

お後がよろしいようで。