前略、沼の中より

行き着く先はいつもアイドル(だいたいアラサー)な女が書き散らかすブログ

逃げ続けていた自分の恥を受け入れてみようとする話

気圧の低迷、気温の変動がえげつない11月。みなさまいかがお過ごしでしょうか。ハッピーなエブリデイでやってらっしゃいますか。何よりです。

私は体調が突然ビミョーーに芳しくなくなったりして、結果として漢方薬に縋っております。何でか分かりませんけど私の体は東洋医学が合う。いかんせん、めっちゃ効く。一応薬膳と漢方の検定に合格しているので、ナチュラリストにでもなろうかな?私はエブリデイ軽率です。
 
 
珍しくTBSで視聴率が伸びまくるドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」。ガッキーが可愛い!の波に乗って毎週観ています。
そして主人公のみくりとも平匡さんとも自分自身が重なるようなところがあって、この際ガツンと影響を受けてみよう…という訳で題名の通り、私が今まで逃げ続けていたんだなーと思うことについてただ書き連ねてみます。ただの自分の気持ちを掘り起こして整理する作業ですのでマジ長くなりそう。本当にこういう自分の中に切に迫ってくるドラマと出会わなければ、きっと自分の「恥」を役立てようとは思わなかったと思う。さすがハンガリー。ナイス。
 
現代を生きる拗らせた非モテ(ex:私)から絶大な共感を呼んだ、平匡さんの「愛される人っていいな」という言葉を聞いてハッとした。ああ、そうか。私は愛されてる人(担当・推し)に対して強い羨望と嫉妬を覚えていた。この強い羨望ってのいうものは「応援したい」という気持ちに自分で美化して消化して昇華した気になっていたんじゃないか、って思っちゃったんですよね。この強い羨望の元にある「私も誰かに愛されたい」という気持ちが恥ずかしかった。生々しくてかっこ悪いから、ちゃんと受け入れるのがどうにも恥ずかしかったんだなーって気付きました。愛されたいって思うことが恥ずかしいのは何でだろう。何の対象もなく強がっていて、誰かを愛して愛されることの何を恥ずかしいと思っていたんだろう。……ちょっと無駄にポエムっぽくなってきたから一旦やめとこう。これは無駄なポエム。とにかく改めて我が精神の未熟さを痛感したねって感じです。これで閉ざしまくりの扉の鍵が開いた。
 
そしてドラマの中のもう一つのテーマ?問題提起?として、高齢童貞、高齢処女があったのが印象的でした。
さて、ここで偉大なる赤い彗星カズレーザー先生のお言葉をひとつ。「日本に童貞(と処女)を罰する法律なんかない。」これが真理です。
私は実際に「何歳までに捨てられなかったらその人は難有り」みたいな判定を勝手に下してくるゲスな場面を目の当たりにしたことがあります。いつからそんな風潮ができたんだろうか。そもそもテメーに何で難有りとか言える権限あるんだ?って不愉快な感じでした。もう両手両足の中指どころか薬指も小指も立てる勢い。何でもかんでも足並み揃えたがるのが日本人の性なんでしょうか。さすがにちょっと生きづらいよね〜〜。
ちなみにちなんでめちゃくちゃ死ぬほどどうでもいい情報としまして、当方は捨てる前も捨てた後も大した変化はございませんでした。現実は夢もロマンもなく意外と呆気ない感じよ…。
 
続けてつまらなく無駄に赤裸々な私の話をしますが、私は生まれてこの方まぁモテた試しがございません。お察しの通り。かれこれしばらく共学に通いましたが、まーーモテの欠片もない。天変地異レベルで非常にありがたいことに私を好きだと言ってくださった方もおりましたが、結果的に今こんな感じ。お先が真っ暗ってところでござんす。
いかんせん私の頭の中はテニミュテニミュジャニーズジャニーズジャニーズK-POPK-POPジャニーズJr.スタダジャニーズJr.LDHフリースタイルラップLDHフィギュアスケート田中刑事(←NEW!!)といった調子で変遷しつつ、今に至るまで屈折を極めながら生きております。…改めて考えたら本当にヤバい。突然のフリースタイルラップの毛並みの違いやばくない?でもとにかく韻を踏むって楽しい。快感ある。ちなみにACEさんのラップが好き。
話を戻しまして、そもそもモテの人種からしたら「男性と付き合うって…」などと捏ねくり回して考える時点でどうなんだって感じでしょ?ただの経験値平均以下のヤベーオタク女が、付き合うとは何か?彼はどんな人間か?男性とは何か?云々と分析するなんて愚かなことしてどうする?とにかく考えるよりも行動を起こすべし!って……分かる。分かるんだけどさ〜、なんかこう色々考えるのが好きだからさ〜、そういうのも一から百まで考えちゃって自己完結して「ハァ、ムリムリ。恋愛なんてしんどいワ。」とか言っちゃうんすよ〜何も始まってないのに。ハッ……始まってもないのに……そう!!何も!!!!始まっても!!!な、い、のに〜〜〜〜!!!(ミュージカル調)
 
……こうして自分の内側に対して冷静になってみると、自分で何か行動を起こすことに対して勝手に怯えていたことに気が付きました。何も始まってないのに、何を怯えることがあったのか。とにかく私が怯えたのは自分が傷付くことでした。いや〜〜傷付くのって何で怖くて恥ずかしいんだろう。恥ずかしいことを悪としてしまうのはなぜだろう。
怖くて恥ずかしいことから逃げる。逃げるは恥だが役に立つ。その「恥」からずっと逃げ回っていたらどうしようもないんですよね。逃げても前に進む。恥ずかしく後ろ向きな選択をしたって生き抜くことが重要なんだって、平匡さんも言っていた。何から逃げようとも、生き抜くためなら恥ずかしいことから逃げずにいられる人間になろう……こうして私の深く拗れた精神を解いていく旅は、まだまだ続くのであった………。
 
 
逃げ恥はガッキーの尋常でない可愛さと色んなパロディを番組に織り交ぜているのが面白いんですけど、それだけがここまでの支持を呼んでいるわけではなさそう。こういう私みたいな拗らせオタク(最近は加えて無気力気味)からしてみると、色んなセリフがサクサクと心に刺さるのが結構辛いし苦しく、同時に共感を覚える。自分の恥の部分を発見し、向き合うきっかけ…つまり恥を役立てるヒントのようなものが散りばめられたドラマだからウケてるんじゃないかと思うのであります。
全体の構成とか展開は色んな意味で漫画っぽいところは残しながら、リアルな現代の闇を軽くなぞるようなテーマを扱う。漫画だからドラマだからと言って夢ばかりを見せて、人間の中にある闇から目を逸らしているわけではない。たまに向き合いすぎてガンガン傷を抉るようなドラマもありますが、逃げ恥は本当にちょうどいいなぁって思いました。
最終回までこのいい匙加減を守りながらも、平匡さんが報われて幸せになってくれることを祈ります。そして星野源の恋をうっかりDL購入したのであの振り付けでも覚えようかなと思います。「一人を越えていけ」っていい歌詞〜〜。