前略、沼の中より

行き着く先はいつもアイドル(だいたいアラサー)な女が書き散らかすブログ

ファンがアイドルに投影する偶像

この世には色々な種類のアイドルオタクがいるが、最近違和感を感じる時がある。

例えばプライベートでアイドルに遭遇したらタバコを吸っていてショックだったとか、対応が悪かったとか、なんか雰囲気がイメージと違っていて嫌だったとか。熱愛が発覚すると、まさかこんな女と付き合う訳がない!絶対に女の方が言い寄ってきたんだ!などなど。そんなの実際に本人に聞いて確かめる以外に方法がない事柄に対して、とても過敏に反応したり、そこに僅かにも悪意を感じたり、あまりにも理性を失っているようなことを目にすることがあった。

 

アイドルに対してファンがこうあってほしい!と思う願望、希望、妄想を投影していること自体にはなんら問題は無い。アイドルは夢を売ってくれているわけだから、ファンがアイドルを見て理想を思い描くのは当然のことである。だってアイドルはそうやって楽しむものでもある。

では、アイドルはファンが投影している偶像に全て答えなくてはいけないのだろうか?

私はもしそれができるなら全てに答えるべきだと思う。 もちろんステージ上限定で。しかし、実際はそんなのは無理である。努力をしてもらえたら嬉しいが、そんな超絶器用人間はそういない。アイドルに対する理想と現実は、自分の中でうまく折り合いをつけていかなければならない。それがまたアイドルオタクの醍醐味とも言えるのではないかと思う。

 

自分がアイドルに思い描く偶像を他人に押し付けてみたり、アイドル本人に無闇に押し付けてしまうのは違うと常々思う。しかも結果的に人を傷つけることにつながってしまう場合がほとんどだ。また、そこから派生するファン同士の言い争いは、非常に醜く不毛なものだとも思う。

自分の中でこうでなくてはならないという「型」を作り出すのは自由だけど、それが他人やアイドル本人に通用するということはほとんど有り得ない。いくら同じアイドルを好きでいても自分の理想と他者の理想が完全に一致することはないように。

ネットなどでその「型」を主張することは別に構わないと思う。ただ、それを見て嫌な気持ちになる人がいる可能性は知っておくべきではないだろうか。自分と異なる「型」を受け入れない、認めないというのは個人の自由である。どうしても受け入れられないと思ったら無理に受け入れる必要もない。だからと言って、自分と異なる周りを攻撃するのは全くもって無意味だ。

私個人が思うにそうやって視野を狭めていくことは、とても疲れることである。

ジャニオタでいう同担拒否だったり、コンビ厨、シンメ厨なるものは非常に狭い世界で生きていかなければならない。自分の考えとはそぐわぬものに対して目を閉じ、耳を塞ぐのは疲れるし、時々ぶつけられる文句や嫌味をかわすのも疲れる。真っ向からぶつかり合うのはもっと疲れる。経験者(シンメ厨)は語る。

 

他の型が受け入れられないのであれば、自分の世界だけに閉じこもっているというのもアリだ。一人はすごく楽だし、何も周りを気にする必要がない。ただし、そこから何か発展したりするようなことはない。

他の型を見て、新たな発見の一つとして楽しむことができる柔軟性を持っていると、オタク生活はぐっと発展していくと感じる。自分が気が付かなかったアイドルの面白さを見つけるきっかけになるかもしれないし、そこから自分の型が変わっていくこともある。

私はシンメ厨であるけれど、違うシンメを見るのも好きだ。いろんな組み合わせのシンメを見て、それぞれのシンメ厨の話を聞いて、なるほどと思うこともあるし、いや〜やっぱりうちのシンメが一番だ、あれ……こっちのシンメのほうがハマっているような気がする……なんて思うこともある。それがもう超楽しい。新しい刺激を感じる楽しさがそこにはある。

 

みんな違って、みんないい。みんな違うから、みんないい。

こうして戦争がない平和な世界になればいいな…と兵役にいくアイドルを心配するアイドルオタクの戯言でした。失礼いたしました。