前略、沼の中より

行き着く先はいつもアイドル(だいたいアラサー)な女が書き散らかすブログ

素敵な夢を見させてくれたあなたへ

2016年がもう終わろうとしていますよ。早いもんですね。

あんまり2016年の記憶が無く、しいて言えばハイローでブチ上がった記憶くらいしか無くて、さて私は一体何してたんだっけな~と17件のブログを振り返ってみたら、まあ自分のろくでもないことしか書いてなかったので今度からちゃんとしたブログ書こうかなって思いました。とりあえず精神が鬱屈として根暗極めた1年だった。ラブもドリームもハピネスもなかったので、今度こそラブを、無理ならドリーム、せめてハピネスをつかみ取りに行きたい所存です。押忍。

 

 

さてSMAP×SMAPの最終回をリアルタイムで見ました。

SMAPが辿ってきた今までの歴史をこれでもかとガンガン流し、Softbankはもう契約が切れているはずのSMAPのCMをぎゅっと1分にまとめたものを流し、そしてあの27時間テレビの45分のライブをノンストップで流した。いやはや、あれは1年で一番粋だったと思うね。いい仕事したよ、本当に。孫社長北大路欣也さんもいい仕事でございました。今使ってるキャリアがSoftbankでちょっと嬉しい。

 

私が感じた結論として、これはSMAPとして勝ったのではないかということ。何に勝ったんだ?そもそも勝ち負けの問題か?って話なんだけど、見終わった後にこれはSMAPが勝ったなって漠然と思った。

なぜなら最後の最後までSMAPは裏切らなかったからです。視聴者の夢を壊すことなく、SMAPの一番きれいな形をちゃんと残していった。みんなから愛されているSMAPのままで、ちゃんと幕が下りた。

私が知りうるアイドルグループの解散の中で、一番美しい幕引きだったかもしれない。このSMAP×SMAPの最終回を見たらSMAPのことを嫌いになんかなれないから。中居くんのことも、木村さんのことも、草彅くんも、吾郎さんも、香取くんも、脱退した森くんのことだって一ミリも嫌いになれなかった。むしろ余計に好きにさせていきやがって。本当にこの期に及んで大好きになっちゃったよね。

正直、これなら紅白に出ないのも納得できる。立つ鳥跡を濁さずなんて言葉があるけど、SMAPはそれを体現して見せたわけですよ。それに「やっぱりSMAPSMAPだったんだ」って安心させてくれたような気がして。

何らかの力にねじ伏せられようとも、どんな形になっていようとも、最後までちゃんと守り切ってみせた。今まで脱退したって逮捕されたって何だって傷だらけのボロボロになってもSMAPは負けなかった。思い返せばどんなことがあっても、SMAPっていうのは最後の最後には必ずかっこよく勝っていたわけですよ。だからきっと今回だって同じ。

しかし最後の世界に一つだけの花はめちゃくちゃ悲しかったな。沢山の色とりどりの花に囲まれて、ステージの上でそれぞれが今までを噛みしめていて、何かを訴えかけるように歌っている5人を見ていると、ただただ泣けた。今まで言いたくないことを言わされたりする場面もあっただろうに、本当に言いたいことは絶対に言わせてくれない。言わなかったからこそあんな風にして美しい終わり方ができたんだと思うけど、でもやっぱり悲しかった。そんな中でも中居くんは、言葉以外の方法で精いっぱい画面の向こうに伝えようとしていたのには御見それいりました。あんなのずるいわ。すごく頭が良いのに情に脆くて、物分かりが良すぎるのに信念だけは曲げない。まったくとんでもない人ですね。

歌い終わった後に深々と頭を下げていた5人の姿は、どういう意味が込められていたんだろう。ありがとうなのか、ごめんなさいなのか、それとも両方なのか。それでも私は最後まで何かからSMAPを守ろうと必死で戦っているように見えて、SMAPは最高のアイドルだったのだと確信した。

 

これから新しくSMAPの歴史が更新されないのは寂しくて悲しいことだけど、これは全国の視聴者の心にSMAPを深く刻みこんでいったSMAPの勝ちだ。今まで一生懸命Can't Stop‼でやってきたSMAPだけは、SMAPを裏切らなかったとちゃんと証明されました。

またいつか、SMAPが素敵な夢を見させてくれる日がきたらいいなと思いながら、2016年の残り数日を過ごしたいと思います!押忍!

地獄の中で思うこと

 

はい、今日は沼じゃなくて地獄からこんにちは。自分の話をする時にはこのカテゴリーに振り分けることにしました。イエーイ。とにかくただただ暗くて、面白みのない地獄みたいな根暗で重くてどうしようもない私の身の上話でーす。

 

 

こうして今、私が爆音でイヤホンで音楽聞きながらブログに向かっているということは、かなり精神的につらい状態である。こんな感じで精神的に息苦しくなってる時に、何も言わずに私に寄り添ってくれるはてなブログはありがたい存在である。やっぱり自分の気持ちとかを「書いてみる」ってすごく大事。日常的にうまくストレス発散ができない私みたいな人間は、こうやって書いてみることでどうにか均衡を保とうとしているところがあります。こういうの、心理学的にもカタルシスっていうんでしたっけ。

最近、なんだかんだ言って自分のことが一番分からないものだと思うことがよくある。最終的に自分のことに冷静になれるわけない。これを23歳でやっと気づいたね。だから知らず知らずのうちに自分で自分に見栄を張って、いつも自分で自分の首を締めているような感じ。そこで周りの声をまともに聞いたりすると潰されそうになっちゃったりして。喉の奥のヒステリー球が全然消えないわけだ。

 

私は勉強もできないし、運動もできない。これといった特技もなくて、人とのコミュニケーションも上手にできない。こんな感じで劣等感と共に生きてきました。いつも優れている誰かをうらやましく思ってしまう日々。自分は自分、他人は他人だと割り切ろうと思っても、どうしても自分を認められなくて勝手に惨めな気持ちになっちゃってる。バカバカしい。そんなの比べてもどうしようもないのに。自分がこの程度の人間なんだって頭では分かっているのに、自分を認めることができない。なんて愚かなことか。理想と現実なんか違うに決まっていて、それでも「なんで私は何も持ってないんだろう」って思っちゃうんですよ。美人とは言わずともそれなりに整った顔や体も、愛嬌も、頭脳も、お金も、私は何にも持っていない。人生ってそれだけじゃないのかもしれないけど、それを自覚するたびに自分が何もできないことを突き付けられている感じ。本当に何もねーな、つって。いかに中身がすっからかんで薄っぺらな人間で、かと言って不器用で、まっとうな道を歩いていけない出来損ないかってこと……それに加えてまともに就職活動ができずに失敗して新卒カードも失って、今。

母親はそんな私を常に心配していて、いつも私の将来を悲観する。娘である私のことが大事だから、色んな事考えて私の幸せを願ってくれていることはさすがに分かる。でも、その言葉のせいで余計に深淵に突き落とされていたりしちゃってさ。皮肉なもんですよね。毎日のように「美大なんか行かなきゃよかったじゃないか」とか「普通の仕事ができないのか」とか「もういい歳なのに結婚できないのか」とか「こんな歳になってまで心配ごとを増やさないでほしい」とか。

そんなの、私だって分かってる。むしろ私の方が分かってることですよ。私だって母親が願っているような娘に育っていたかったっちゅーねん。出来損ないの娘は母親一人を安心させてあげられないんだとひどく悲しい気持ちになる。本当に申し訳ない。私は母親のことが大好きだからさ、いつだって喜んでる顔が見たいのに、私にはどうやったってそれができない気がして。私は母親にとってただのお荷物でしかないんじゃないかと思う。それに、母親から毎日言われることは今の私にはどうすることもできないこともあるから苦しい。美大はもう卒業しちゃってるし、普通の仕事って何なのかが分からないし、相手がいないひとりじゃ結婚もできないし、何をすれば母親の心配ごとが増えないのかなんて分かんない。私が何したって心配だのなんだのって言われたら、本当に何もできなくなっちゃう。だから、私はいつからか母親に自分の気持ちや考えを言わないようになりました。多分大学受験あたりからかな。自分のやりたいこととか、将来のビジョンとか、母親に言うのが怖い。これが所謂トラウマと言いますか、何と言いますか。とにかく母親の言葉で雁字搦めで動けなくなりそうだったから、何も言わず微動だにせず波風を立てないまま静かに自分の内側だけにとどめておくことにしたわけです。どうよ、この本末転倒感。結局どっちにしても動かないんかーい!と、私が関西人だったら新喜劇ばりのコケをかましたいところよ。

おそらくこれって、傍から見たら「おいおい、母親の言葉くらいでなんでいちいちビクビクして傷ついたりしてんだよ…???」って感じかなと思う。やっぱり子供のころの一人っ子の呪いが強すぎたんでしょうか。それとも根暗がえげつないだけか。

 

ちなみにここまで一度も登場してこない父親ですが、別に離婚してるわけじゃありません。再婚でもないし、血のつながった父親。一緒に生活している。でも、私は父親のことを受け付けられません。生理的に。きっと死ぬまで受け入れられる日は来ないと思う。物心がついたくらいの年にパチンと体をぶたれた時から、この人は自分の敵なんだと思ってしまったわけ。別に虐待ってことでもないと思う。だから父親の中ではしつけの一部としてのことなんだろうけど、当時の私は何が悪かったのか分からなかった。ただ理不尽にぶたれただけっていう記憶だけが根深く残ってしまった。それ以外にも色々とあったんですが、まあとにかく父親は私に「関心」がなかったんだなと思います。父親の方の家庭環境はとにかく劣悪でしたから、子供を可愛がるという気持ちが芽生えなかったんじゃないかなって今は思えるようになりました。とにかく当時の私は「この男、絶対に許してたまるか」と強く思うようになっていた。毎晩、明日こそはあの男に痛い目に遭わせてやるって思って寝てた。…これはシンプルに異常ですね。父親にこんな気持ちを抱いてしまう子供って…ヤバすぎません……?そんなクソ物騒な気持ちを抱いていたからか、小学生の時に父親を「ぶっ殺してやる」って言いながら本気の包丁を持ち出したりしたこともありました。本当にクソ物騒だった。さすがにガッチリと母親に止められたけど、気持ちが治まらないからって壁だの床だの父親の洋服だの財布だのをガンガン切ったりしちゃって。持ち家だったのが不幸中の幸い的な。荒れに荒れた小学生です。あれは受験のストレスも相俟ってのことだったんでしょうが、さすがに狂っていた。そのうえ、母と父の仲は悪かったので子供心に「母親が私の唯一の味方だ」って思っちゃったりしてね。これが私の一人っ子の呪い。小学生という狭い視野の中で生きていたから、ああなっちゃったのかしら。そう考えたら私の精神は小学校から全然成長できていないってことになりますよね……本当にもうどうなってんだか……。

今も家族の仲は悪いままです。いい歳して。しかも父親の方の実家がえらいことになっていて、家庭の中でも外でも全面戦争みたいな感じ。最悪の家庭環境で、私は今いる場所から動けずにいる。何もかもから臆病になって、結局自分で雁字搦めになって、苦しくて悲しくて、でも誰に打ち上げるでもなくただ自分の内側に溜め込んでいくだけ。これじゃあ体も調子悪くなっちゃうわけですわ。薬飲んでたらだいぶ改善されました。漢方薬よ、ありがとう。

 

これまたひどく親不孝すぎる話だけど、本当に正直に言えば、私は生まれてこなかったらよかったかもしれないなって思っちゃうこともあります。私がいなかったら母親は何も苦しむことなかったし、毎日何かを心配をすることもなかった。もっと別の、楽しい人生歩んでいけたと思うから。ちょっとさすがに自分の根暗が過ぎて引くところもあるけど、本当にそう思っちゃうんだもん。だから時々、早朝の人身事故とか中高生の自殺のニュースを見たり聞いたりすると、ちょっとだけ共感できてしまうこともある。本っっ当に、ちょっとだけ。今、こうして生きているのがつらい。でも死ぬのは怖い。でも生きていくつらさよりも、死ぬ怖さの方が短いんじゃないかって思えてくることもあるから。一瞬の恐怖を伴うだけで死んで、それでもうすべてから解放されるんだって思ってしまったら、死を選んでしまう気持ちも分からなくもない。それを周りの大人が気づこうがなんだろうが、そこまで関係ない気がしています。いくら生きることの喜びや楽しさを説いたところで、死ぬということに勝る「現状から解放される方法」が見えてこなくなってたりするんじゃないかなって…推測だから全然分からないけど。

私は普段、死にたいって口に出すことはないけど、私の心の隅のどこかにある選択肢なのかもしれない。それで、試しに私が今死んだらどうなるんだろうと考えてみましたが、まあ無理だね。この世に遺していけないものあまりにも多い。無理無理。私、死んでる場合じゃない。マジで携帯のみならずノート一冊でも遺して逝けないわ。あとまだ私クリエの最前だけ入ったことないから死ねない。帝劇と日生と青劇は入ったけどクリエだけ入ったことないから。自分のオタクで命拾いしたわ。オタクパネエ。

そういえばどっかの駅のホームとかで「死ぬ前に一本電話かけて」みたいな標語をみたことがありますが、あれってどんな話をするんだろう…。なんでもとにかく生きてりゃいいことあるよ!って励ましてくれるのかな。ちなみに私は誰にも相談したくないので、ここで静かに吐き出すことにしています。イエーイ。はてなブログありがとう。赤裸々に自分の話を書いてたら気持ちが落ち着いたので明日もまた生きていきます。あ、やっぱり今見てるドラマが来週の回がすごそうだから来週まではどうにかして生きます。

全てのことは、なるようになる。そして地獄の中にも明日は必ずやってくる。

私の推しは宇宙だ

さて、最近宇宙といえば、今巷を騒がせまくりの宇宙Six。…っていうジャニーズJr.のニューユニットが生まれまして。爆誕よ。まさにビッグ・バンよ。

彼らは元々あるユニットが吸収合併をして宇宙に至ったわけですが、これは非常にポジティブな変革だったなと思います。もうThey武道と紹介されないのかと思うと、なかなか寂しいような気もします。でも宇宙Sixにはそこを凌駕するようなポジティブで強い何かがある……。やっぱり声に出して読みたい日本語「顔のデカさは心のデカさ」で一躍有名になってる原くんが満を持しての宇宙Sixだからかな。いやー彼は心強いよね。私は彼のことをやる時はやる男だと思ってるんで。

あ、ちなみに私の推しは宇宙で一番かわいい宇宙イエロー山本亮太です。あのダンスの時の色気も、きゃぴきゃぴアイドルな可愛い顔も、ステージで幸せを噛み締める時の感極まった顔も、宇宙で一番かわいいと思っている。もはや亮太さんが宇宙。本当に騙されたと思って山本亮太を見てみてください。可愛さに度肝抜かれること請け合い。※個人差


こういうグループ変革で記憶に新しいのが、私がLDH内で推しているセカンドさんである。THE SECOND from EXILEから名前が変わってアキラさんが加入して、今のEXILE THE SECONDに至っている人たち。さすがに宇宙Sixとセカンドさんはバックグラウンドや体系は大いに違うところはあるけど、今回の境遇としては非常に近しいなって。

いきなりユニットの名前が変わったりメンバーが変わることはファンにとってみるととてもデリケートで 複雑なものであります。それはユニット全体と、メンバーの一人一人に少しずつ愛着を重ねているからではないか。別にそんなつもりはなくても、応援し追うにつれて愛着が積み重なってしまう。複雑なオタク心。

それが急に形が変わるとなると戸惑うのも当然で、受け入れられないこともあるのも仕方あるまい……。例えば、自分で時間をかけて作ってきた作品を壊したり書き直すのって結構思い切りが必要じゃないですか。上手くできなくても無駄に愛着や思い出があったりして、結局捨てずに取って置こう…みたいなことになったりして。これを繰り返すとゴミ屋敷になるので私は捨ててます。

新しい形になるということ=その今までの思い出がリセットされてしまう、と思ってナーバスになるファンもいる。この人数でこのメンバーだったから成し遂げられたこと、このユニットの作品や思い出が全て無かった事になって、今後語られる事もなくなってしまうんじゃないか……みたいな懸念がどこかにある。実際には別にそんな事はないと思うんですけど、でもファンにはこの先どういう未来を歩むのかが分からない。何も分からないから勘繰るし、悪い方向に予測して変化すること恐れます。何にしてもそうですけど分からないことって怖いんだよね…年を取ると余計そう思うわ…不思議なことに…大人って不自由………。

そんなこんなで、新しい形を受け入れてたまるかと抵抗し続けていても、誰にも平等に時間は過ぎていきます。あゝ無情。だけどその時に抱いた幾つかの違和感とか、頑なになっていた気持ちなんかを時間が解決してくれたりするんですよね。なぜかいつの間にか腑に落ちちゃってることある。※個人差

どうしても無理だったら離れるのもアリ、面白そうだと思うなら勢いに乗っかってみるのもアリ。言ってもこれは娯楽だから結局のところはスタンスなんて何でもアリな訳で、推しが変わらずに輝いてくれるならいつかは受け入れるだろうと少し俯瞰すると肩の力を抜くことができる…ような気がします。私はわりと。※個人差

アイドルのオタクはただ、好きな推しのパフォーマンスや言葉、行動を見て、推しと取り巻く環境の未来を想像するという遊びをしているに過ぎない。でもそんな遊びにも本気になれないと人生つまんないから、私は楽しくオタクをやっています。結局オタクって面白いな〜〜ってなって沼から抜け出せない。いや、今日からここは沼じゃなくて宇宙にしよう。前略、混沌の宇宙の中より。



話は打って変わって、どうやら最近も過去のハイロー関連の記事によくアクセスをして頂いているようで、何かもう嬉しいやら恥ずかしいやらです。マジTSM。センキューソーマッチ。

私としましては、ハイローはとりあえずSWORDの楽しさに気付いたら最後なんだ!!!!ってことを強めにお伝えしていきたい。主に鬼邪高が最高。ただ最近、家村会も最高だって気づいてしまった。終わった。ベストピーポーズミュージックで、中村達也さんとケンチさんが共演した回を視聴したら一気に愛がぶちアゲたね。中村達也さんがケンチさんのことケンちゃんって呼んでいる事実、相当強くないですか?そこを踏まえてもう一度ドラマを見かえしたら家村会に対する愛おしさが倍増するので、宜しければお試しください。これも個人差はあります。

あわよくばを願う23歳から28歳へ

 

さて、私の5年後というと28歳である。

ひと山(25歳)を越えて28歳。マジでしっかり生きてて欲しいところですよ。出来るだけ健康で。

あ、果たして28歳で私は結婚はしてるんでしょうか。どうよ。何せ今そういうハッピー気配がまるでないからさ〜〜。かと言ってオタクやるにも若干コンテンツに冷め気味だしさ〜〜。ヤバイでしょ?イマイチ人生にハリがないでしょ?ハイローでSWORDの話またやってくんないかな。そういえば株式会社LDHってまだちゃんとしてある?ジャニーズ事務所も生きてる?

まぁまぁ、これでも一応そういうお参りとかも行ってたりするわけね。あんまり信心深い方ではないけど、いい人と巡り会えますように的な、縁結び的なお参りしちゃったりしてる。マジウケるでしょ。ウケるよねー。分かる。めっちゃウケるもん。

だって今の私は結婚願望は薄弱で、子供が欲しいわけでもない。何なら子供がわりと苦手。ただ、私は母の安心した顔が見たいなーっていうのがあるのよね。親を安心させるための結婚って、なんか超バカバカしい話なんだけどさ……。別に「私は親の幸せを願う子供だぞ!」って胸を張ろうという話ではなく、本当に親の幸せが子供の幸せだったりするところもあるんだよ。私が幸せになるには、親に幸せになってもらうことが大事だったりするんだなこれが。どう?分かる?5年経ってもその辺分かっちゃう?心境の変化とかどう?

やっぱり一人娘としては母には死ぬまでには産んでよかった、育ててよかった、親になってよかったって思って欲しいのよ。だって子供の私のために人生の大半を使ってるんだもん。楽しかった思い出もあるけど、それ以上にたくさん辛い思いもして私を育ててくれたんだから、最終的に後悔して欲しくないじゃないですか。何かもう我ながら既に重い。28歳までにこの根暗も改善されてたらいいな〜っつって。

とにかく、そういう訳で28歳でそろそろ結婚してたらいいなって思ってる。今の私は結婚に対してポジティブではないけど、実際に結婚してみたら楽しいことがたくさんあるかもしれないんだし。マジで、今の私に結婚のことなんて何にも分かんないんだよ。当たり前だけど。ただ私の想像の中だけで、結婚しないとか子供いらないとか勝手なことを思ってしまうだけで。そこに私の幸せはないんだって決めつけておくこともないか……と最近思うようになった。すごい頑なな気持ちをこのブログに書いたことがあったと思うんだけど、ちょっとは成長した。だってよく考えたらそんな頑なに思うこともないよね。流れに身を任せるくらいの柔軟性があったほうがいい。もしも、また28歳で頑なに凝り固まってしまっていたとしたらもっと力を抜いて生きよう。そして四角い頭は丸くしていこう。ここにきて懐かしの日能研。お世話になりました。あの算数の先生は元気かなあ。

 

あとはね、執筆業なんて出来てたら最高だよ。文章で人の心を動かせてたら、本当に最高。でかしたな!!!って結構盛大に自分で褒めちゃうかも。本を書いたり、雑誌に寄稿したり、なんでもいいから小説とかコラムとかを執筆できていたらそれは素晴らしいことよ。やっぱり私にとってみると、文章にするという行為こそ自分が本当に素直になれる唯一の方法だなと思うんですよね。誰にも言えない話をこのブログには書けるし、誰かに聞いて欲しい話もこのブログに書ける。本当の私を晒け出す唯一の存在。それがこのブログ。かけがえない。マジでパスワード忘れないように紙にメモっとこう。やっぱり最後にはアナログ。……ここまでで何と無く察するに、この記事を後で読み返したらめっちゃ恥ずかしくなるやつだ。これがこういう企画の醍醐味じゃない?タイムカプセル埋めて掘り返す系イベント未経験だから密かな憧れはあったね。

もし28歳にして何にもやりたいことがなかったとしたら、執筆業に果敢にチャレンジしよう。今も手探り手探りで何かしらに応募しようとしてはいますが。これが28歳の私にとって人生の動き出すきっかけになったらいいなと思ってさ……。他人に甘く、自分にも甘く。これだから世の中を生きづらい。

 

5年は長いような短いような微妙な期間だけど、私は確実に何かを失っていく。例えば若さとか。肌のハリや髪のコシ、体力の低下。やや悲しいけど、生きていくってそんなもんだと思うよ。大丈夫大丈夫。そんなもんよ。……怖くて自分のこと励ましてしまうよね。自分に甘いから。

それに、5年で何かしら得るものあったと思うわけ。料理の一つや二つできるようになってたりしない?ちなみに今の私はコシが強い手打ちうどんにハマって、夜とか突発的に強力粉を練ったりしてる。そろそろやるならパンだなって目論んでるところね。もし気が向いたらフランスパンでも焼いてみたらどう?あれって難しいのかな。ちょっとやる気なくてもとりあえずググってみて。あ、5年後ってググるって言うのかね。死語かな。もし死んでたら嫌だから一応説明すると検索エンジンgoogleでの検索をすることです。よろしくお願いします。

 

ここまで色々書いたけど、28歳の私がこのブログ記事を読めていたらもう何でもいいかなって思ってきた。そもそも23歳からの言葉って28歳に響くのか問題。ちょっと微妙なところだけど。

そして、何よりも、はてなブログが10周年を迎えられていますように!あわよくばグッズが欲しい!!!(あわよくば)

 

はてなブログ5周年ありがとうキャンペーンお題第2弾「5年後の自分へ」
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/hatenablog-5th-anniversary

逃げ続けていた自分の恥を受け入れてみようとする話

気圧の低迷、気温の変動がえげつない11月。みなさまいかがお過ごしでしょうか。ハッピーなエブリデイでやってらっしゃいますか。何よりです。

私は体調が突然ビミョーーに芳しくなくなったりして、結果として漢方薬に縋っております。何でか分かりませんけど私の体は東洋医学が合う。いかんせん、めっちゃ効く。一応薬膳と漢方の検定に合格しているので、ナチュラリストにでもなろうかな?私はエブリデイ軽率です。
 
 
珍しくTBSで視聴率が伸びまくるドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」。ガッキーが可愛い!の波に乗って毎週観ています。
そして主人公のみくりとも平匡さんとも自分自身が重なるようなところがあって、この際ガツンと影響を受けてみよう…という訳で題名の通り、私が今まで逃げ続けていたんだなーと思うことについてただ書き連ねてみます。ただの自分の気持ちを掘り起こして整理する作業ですのでマジ長くなりそう。本当にこういう自分の中に切に迫ってくるドラマと出会わなければ、きっと自分の「恥」を役立てようとは思わなかったと思う。さすがハンガリー。ナイス。
 
現代を生きる拗らせた非モテ(ex:私)から絶大な共感を呼んだ、平匡さんの「愛される人っていいな」という言葉を聞いてハッとした。ああ、そうか。私は愛されてる人(担当・推し)に対して強い羨望と嫉妬を覚えていた。この強い羨望ってのいうものは「応援したい」という気持ちに自分で美化して消化して昇華した気になっていたんじゃないか、って思っちゃったんですよね。この強い羨望の元にある「私も誰かに愛されたい」という気持ちが恥ずかしかった。生々しくてかっこ悪いから、ちゃんと受け入れるのがどうにも恥ずかしかったんだなーって気付きました。愛されたいって思うことが恥ずかしいのは何でだろう。何の対象もなく強がっていて、誰かを愛して愛されることの何を恥ずかしいと思っていたんだろう。……ちょっと無駄にポエムっぽくなってきたから一旦やめとこう。これは無駄なポエム。とにかく改めて我が精神の未熟さを痛感したねって感じです。これで閉ざしまくりの扉の鍵が開いた。
 
そしてドラマの中のもう一つのテーマ?問題提起?として、高齢童貞、高齢処女があったのが印象的でした。
さて、ここで偉大なる赤い彗星カズレーザー先生のお言葉をひとつ。「日本に童貞(と処女)を罰する法律なんかない。」これが真理です。
私は実際に「何歳までに捨てられなかったらその人は難有り」みたいな判定を勝手に下してくるゲスな場面を目の当たりにしたことがあります。いつからそんな風潮ができたんだろうか。そもそもテメーに何で難有りとか言える権限あるんだ?って不愉快な感じでした。もう両手両足の中指どころか薬指も小指も立てる勢い。何でもかんでも足並み揃えたがるのが日本人の性なんでしょうか。さすがにちょっと生きづらいよね〜〜。
ちなみにちなんでめちゃくちゃ死ぬほどどうでもいい情報としまして、当方は捨てる前も捨てた後も大した変化はございませんでした。現実は夢もロマンもなく意外と呆気ない感じよ…。
 
続けてつまらなく無駄に赤裸々な私の話をしますが、私は生まれてこの方まぁモテた試しがございません。お察しの通り。かれこれしばらく共学に通いましたが、まーーモテの欠片もない。天変地異レベルで非常にありがたいことに私を好きだと言ってくださった方もおりましたが、結果的に今こんな感じ。お先が真っ暗ってところでござんす。
いかんせん私の頭の中はテニミュテニミュジャニーズジャニーズジャニーズK-POPK-POPジャニーズJr.スタダジャニーズJr.LDHフリースタイルラップLDHフィギュアスケート田中刑事(←NEW!!)といった調子で変遷しつつ、今に至るまで屈折を極めながら生きております。…改めて考えたら本当にヤバい。突然のフリースタイルラップの毛並みの違いやばくない?でもとにかく韻を踏むって楽しい。快感ある。ちなみにACEさんのラップが好き。
話を戻しまして、そもそもモテの人種からしたら「男性と付き合うって…」などと捏ねくり回して考える時点でどうなんだって感じでしょ?ただの経験値平均以下のヤベーオタク女が、付き合うとは何か?彼はどんな人間か?男性とは何か?云々と分析するなんて愚かなことしてどうする?とにかく考えるよりも行動を起こすべし!って……分かる。分かるんだけどさ〜、なんかこう色々考えるのが好きだからさ〜、そういうのも一から百まで考えちゃって自己完結して「ハァ、ムリムリ。恋愛なんてしんどいワ。」とか言っちゃうんすよ〜何も始まってないのに。ハッ……始まってもないのに……そう!!何も!!!!始まっても!!!な、い、のに〜〜〜〜!!!(ミュージカル調)
 
……こうして自分の内側に対して冷静になってみると、自分で何か行動を起こすことに対して勝手に怯えていたことに気が付きました。何も始まってないのに、何を怯えることがあったのか。とにかく私が怯えたのは自分が傷付くことでした。いや〜〜傷付くのって何で怖くて恥ずかしいんだろう。恥ずかしいことを悪としてしまうのはなぜだろう。
怖くて恥ずかしいことから逃げる。逃げるは恥だが役に立つ。その「恥」からずっと逃げ回っていたらどうしようもないんですよね。逃げても前に進む。恥ずかしく後ろ向きな選択をしたって生き抜くことが重要なんだって、平匡さんも言っていた。何から逃げようとも、生き抜くためなら恥ずかしいことから逃げずにいられる人間になろう……こうして私の深く拗れた精神を解いていく旅は、まだまだ続くのであった………。
 
 
逃げ恥はガッキーの尋常でない可愛さと色んなパロディを番組に織り交ぜているのが面白いんですけど、それだけがここまでの支持を呼んでいるわけではなさそう。こういう私みたいな拗らせオタク(最近は加えて無気力気味)からしてみると、色んなセリフがサクサクと心に刺さるのが結構辛いし苦しく、同時に共感を覚える。自分の恥の部分を発見し、向き合うきっかけ…つまり恥を役立てるヒントのようなものが散りばめられたドラマだからウケてるんじゃないかと思うのであります。
全体の構成とか展開は色んな意味で漫画っぽいところは残しながら、リアルな現代の闇を軽くなぞるようなテーマを扱う。漫画だからドラマだからと言って夢ばかりを見せて、人間の中にある闇から目を逸らしているわけではない。たまに向き合いすぎてガンガン傷を抉るようなドラマもありますが、逃げ恥は本当にちょうどいいなぁって思いました。
最終回までこのいい匙加減を守りながらも、平匡さんが報われて幸せになってくれることを祈ります。そして星野源の恋をうっかりDL購入したのであの振り付けでも覚えようかなと思います。「一人を越えていけ」っていい歌詞〜〜。

あなたのオタクはどちらから?

夏は資格を取ることに本気になってガンガン大学通ってたらもう10月も後半でマジドン引き。マジ早すぎ。資格はしっかり取れました。奇跡のA+。
こんな感じでオタクからかけ離れた夏、そして秋を過ごしていたせいでリズムを取り戻せない現状。しかもリア充からは掛け離れた日常。なぜか最近韻を踏んでしまう症状。いつしかフリースタイルが染み付いた思考。とりあえず志田未来のラップを見るため録画するレンタル救世主、必ず忘れずに毎週。イエーイ。あのキジーちゃんから始まった稲葉友のおカマちゃん薫役。彼の開花は目覚ましいものがありますね。応援してます。

と言うわけで、まるで現場に行ってないので別段ブログに書くネタが……あ、ハイローのレッドレインは村山も轟ちゃんも日向も出てないんで観ていません…なぜかハイローの推しはLDHにいない…。あと、斎藤工がいるために地味に某彼のテニミュドタキャンの件が掘り返されてたりしていて、私の青春の小箱がガバガバ開いてしまいました。あの伝説の挨拶動画どっかにあったな。ちなみに私は潜在的には許してないような気がする派です。もう全然怒ってる訳ではないんだけど、青春学園では薫ちゃんが好きだったんで……ほら、テニスはとにかく根が深いから……自分の母校の校歌は歌えないのにルドルフと六角と不動峰氷帝と四天ほほほーじの校歌だったら歌詞を見なくても歌えるから……三ツ矢先生と佐橋先生は神……。

そう、何を隠そう私のオタクはテニスから。
最初は不動峰の神尾だった。リズムに乗るぜ!などと言う決めセリフを小馬鹿にしながらも非常に好きだった。不憫さがたまらない。その次に観月はじめで熱狂的に燃え、ヤツのせいでちょっとずつ私は狂いはじめた。顔をちゃんと見たらしっかり美人なのに、服のセンスがマジ独特。そしてなかなか性格が悪い。まぁ選ばれしテニスのエリートであることに必死すぎたっていうだけのことなんだけどさ……あとなんか都会に馴染もうとする田舎者っぽさがたまらなく好きでした。本当は山形のずうずう弁だったりするのを必死に隠すあたりがもう。そして私は気が狂ったのか舐めもしないさくらんぼキャンディー買っていた。当時の私の方向性どないー(©︎山田裕貴)。
テニミュでは初代ルドルフの塩澤さんがすっごい好きで、まぁボイメンのゆーちゃむも割と好きだった。観月はおカマちゃんじゃない。ただクネクネしとけばいいかって言われたら全然違う。そこめっちゃ重要。それをしっかり押さえていてくれたらいいなと思います。あと、とにかく謎に一氏ユウジが好きな時期があって、ひたすら植野堀誠と平野良を追っかけたりした時もあります。舞台もトークライブも余裕ではしごした。当時のフットワークどないー(©︎山田裕貴)。
マジでテニプリという作品がテニミュとして2から2.5へと次元を引き上げさえしなければ、私はきっとジャニオタにもならず、ましてやKぽやLDHオタクにもならなかったのになと思います。マジやってくれたなネルケネルケにまんまと3次元へと誘われて今の私があるという。つまりこのオタクとしてのコアを作ったのがテニスの王子様だっていうわけです。これがテニスの罪深さというか業の深さというか根の深さであります。だからまだドタキャン根に持ってんの?みたいな話は野暮よ。こんなにも根が深いんだから私に何言ったってダメなの。ほら、人への憎しみは50年消えないっていうじゃない?だからまぁ60過ぎないと完全には無理っていうか…………まぁ実際、そこまでじゃないです。今回レッドレイン観ないのはただシンプルにレッドレインにワクワクできなかっただけだし。ショムニから石黒賢は好きなんだけどな。そして現時点、彼に対してはなんか最近いろいろ悩みがあるらしいので無理して頑張れって感じです。人生色々。男も女もおかまもおなべも全体的に咲き乱れようぜ。説得力ないけど。

うっかり私めの青春の小箱開けて懐古してしまいましたが、そんなことをしているうちにLDHの確変が来るらしいですね。LDHグローバル化。この新しい挑戦をワクワクしてほしいというLDH所属タレントたちの声を見て、私は一度無になって受け入れることにしました。そりゃ何事も時を経れば発展して変わっていくじゃん?琥珀さんも言ってたじゃん?それがラブなドリームでハピネスなわけじゃん?
……ところで、最近ディズニーに挑もうとする人をよく見かけるのはなんでだろう。キンコンの西野さんもディズニーに挑んでたし。西野さんLDH入ってみれば?世間的にものすごい嫌われてるけどなんかLDHなら意外と受け入れられそうじゃね。ドキドキさせたい人とワクワクさせたい人たち。質の悪い冗談をすみません。そんなどうでもいいことより、この年までディズニーの良さが本当に分かんなくてヤバいよね。小学生の時から今までディズニーよりも東急ハンズの方がテーマパークだった。安上がりだな。ちなみに最近はハンズで買ったグルーガンにハマってます。大量のグルーでiPhoneケースを作ってる。
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こんな感じで今年も残り少ないけど楽しく生きよう。
とりあえず逃げるは恥だが役に立つがちょっと身に染みる10月でした。ガッキー嫁に来てほしい。

ジャニーズ事務所がSMAPを殺した日

あの極めて悪趣味な謝罪という名の公開処刑から、今日までのカウントダウンが始まっていたのかもしれない。

 

あのSMAP×SMAPを見たときの猛烈な後味の悪さは今でも覚えている。そして今回のFAXの文面も読んでいて胸糞が悪いものであった。

以下、そのFAX文面の一部抜粋です。

議論を続ける中で「今の5人の状況ではグループ活動をすることは難しい」というメンバー数名からの要望を受け、7月の音楽番組を辞退させて頂いた経緯がございました。8月に入り、待っていて下さる方々の為にも、落ち着いて考える時間を持ち、前向きな状況が整うまでグループ活動を暫く休むことを提案致しましたが、メンバー数名より「休むより解散したい」という希望が出たことを受け、苦渋の選択ではございますが、これまで一生懸命に走り続けた彼らの功績を尊重し、全員一致の意見ではないものの解散したいと考えるメンバーがいる状況でのグループ活動は難しいと判断し、本日の御報告となりました。

 

この文面を読んだ時、「メンバー数名」のことを悪者にしようとしているのではないかと勘繰らざるをえなかった。

そして「全員一致の意見ではないものの」という一節は、日本の宝とまで言わしめるSMAPの解散はこの「メンバー数名」によるものなのだと暗に言いたいのではないかとも思った。それはなぜなら事務所は協議してグループ活動の休止を提案した、などという言い訳じみた逃げの一文までご丁寧に添えてあったからだ。

メンバー間の不和を強調するような言い方はどうしたって悪意を感じてしまう。もしそれが真実であるにしろ、言及する必要のない話ではないか。舞台の出演者やら本当に肝心なことは何も言わないくせに、こんな時ばかり事細かに説明をするのは一体どういう経緯があってのことなのか。事務所が5人を守ろうという気持ちが感じられず、事務所のやり方や意向に沿わないタレントには容赦しないと改めて突きつけたようなものだった。何よりも今、中居さんはTBSでリオオリンピックのキャスターをやっていて、テーマソングもSMAPのありがとうを起用しているというこのタイミング。計り知れない底意地の悪さを感じる。

 

SMAPの解散は、すごく寂しくて虚しくて悲しい。ジャニーズのアイドルという枠を超えて日本を代表するアイドルグループになって、老若男女問わずに愛されている稀有なグループは唯一無二。これからSMAPを超えるようなグループは現れないのではないか。

SMAPのメンバーにとってSMAPは第二の名字であり、帰れる場所と自分の基礎であり、体に流れる血液であり、生きることを実感させるものであり、生きる意味だとそれぞれに語っていた。SMAPであることに対するプライドと、各々形は違えどSMAPに対する愛は確かなものだったと信じている。だから、彼らが生半可な気持ちでSMAPを終わらせるようなことは絶対にしない。誰ひとりとしてそんな事ができるはずがない。私はやっぱりSMAPが謝る必要なんて最初からなかったんじゃないかと思う。実際のことは何も分からないけど。

SMAPを作り上げ、自分の体が傷だらけになっても必死に走り続けた彼らが最終的に選んだこの選択に、正解も不正解もない。そんな次元ではないのだと思う。

解散することがSMAPという存在をできるだけ傷つけずに済む最善の方法だったのではないか。きっとこれはSMAPを守るための決断であったのだ。私はそう信じていたい。どんな真実があろうともやっぱりSMAPに夢を見続ける。

 

5人全員のコメントは読んでいて辛かった。言いたいことや伝えたいことが沢山あるけど、そのすべてを抑圧しているようなコメントだった。一番深刻だと思ったのは、「僕たちSMAPは解散します」という香取さんのコメント。

やるせない。なんでこんな残酷なことになったのか。あの謝罪とやってることは変わらないと思った。何にせよ、もっと違うやり方があったはずです。ふざけるな、ジャニーズ事務所。私はジャニーズ事務所が好きだったけど、私が好きだったジャニーズ事務所は何かにねじ伏せられて死んだ。ジャニーさんはどうか元気で長生きしてね。

 

ジャニーズ事務所SMAPを殺した。

そしてジャニーズ事務所の輝かしい時代は自らの手で幕を下ろした。